#28 原体験が大事。原体験は平等。
*写真はイメージです
勉強とか仕事とか、競争社会にさらされていくと感じてくるのが自分の才能や力。
他の比べて劣ったり、優れてたり。
比べてもキリがないし、頑張って上に到達してもさらに上には上がいることを知る。
そんなエンドレスな社会に対して持っている自分のモットーがこれ。
そう。
原体験の量は、同じ時間だけ過ごした人と同じだということ。
どんな秀才や偉人でも同じ。
ポイントは、その量に対して自分毎としてプラスに評価できるかどうか。
例えば、極端なケースだが、
・ずーっと部屋でダラダラした1カ月
・アクティブででかけまくった1カ月
という2パターンがあったとして、必ずしも前者が悪いわけではないということ。
ダラダラする術を身に着けた1カ月でもあるし、外に出なくてもジッとできる忍耐力が身についた1カ月でもある。さらには1カ月というまとめた体験で見るのではなく、毎日違うダラダラした単位でみたら得たものも違ってるかもしれない。
ここまではわかるけど、成長レベルは平等ではないと思ってる。
原体験の量はフェアだけど、その体験によって脳や心に刻まれるものの「深さ」や「解像度」は集中力によって変わると思ってる。
さっきの1カ月ダラダラした例でいうと、ぼぉっと1カ月過ごすのと、集中して1カ月過ごすのでは得るものの「深さ」「解像度」が違う。
ここの集中力の発揮の部分で、いわゆる表面的な能力や才能の差が出てくるのだと思う。